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One Click Say Yeah 2017

「何も言わない方がよっぽどマシ」

さよなら吉祥寺バウスシアター~思い出振り返りノスタルジア

movie

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バウスシアターがついに閉館となってしまいました。

閉館のニュースを聞いた時には、もう本当にいい加減にしてくれという気持ちと、世の中は自分自身では動かすことのできない巨大な力で動いているんだということと、自分の行動を振り返り何でもっと通いつめなかったのか俺!という後悔(こういう時毎回考える)と、でも俺が一人で奮闘したところでやはり巨大な力に逆らうことは無理なのかしらということで思い直し、じゃあやっぱり映画関係者もっとがんばれやという押し付けなる気持ちが入り混じって、つまりはとても残念でならないということです。

2012年に閉館したシアターNの時もそうでしたが、こうなりゃ自棄だお祭りだ、という気分になるもので、boid主催の爆音映画祭2014に3回行きました。
今日の最終日は特に、やはり同じようにお祭り気分で賑わうバウスの入口で入場を待ちながら、やっぱ映画館が賑わってるのはテンションあがるなと思いつつ、おセンチな気分は拭えなかったです。泣

 

ゴールデンウィークに「シャウト」(最高)と「出発」(最高)というイエジー・スコリモフスキウィーク(8月にシネマート新宿で改めてやるみたいです)を堪能して、本日最終日に「クリスタルボイジャー」で締めくくってきました。

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爆音映画祭では何度も上映されていた作品でしたが、今回が初。最後だしもうヤケクソというのもあって初めてビール飲みながら映画館で映画見た。このビールが映画に見事にマッチし、何か壮大なストーリー展開もなく、ただ無心に波に向かう兄ちゃんと、彼が発明した波に乗りながら撮影できるマシーン(1972年ということを考えるとかなりの発明?)で撮影されたチューブを抜ける映像、言ってしまえばそれだけの映画。

それだけだからこそ、の沸き起こる爽快な心地よさ。昨今のディスカバリーチャンネルですらもうちょい思想を持ち込むんじゃないだろうか。いや、持ち込まないと不安になるだろ、映画だから。でも本当は、人を追うだけで、映し出された映像に絶対的な自信があり、あとは多少の音楽的な味付け(有名なPink Floydの曲とともに続く終盤は噂通り圧巻)それでだけで映画は十分成立する。「体験できないことを体験する」という映画の原点を垣間見ました。

 

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バウスシアターについて思い出してみる。
ここまで熱く語っておいて、バウスとの付き合いは言うほど長くない。

自分が参加しているdrawing4-5というバンドでTRASH-UP主催の「TRASH-UP NIGHT!!」という深夜イベントに参加したのが2007年の12月。編集長の屑山さんがもってきたVJ用の映像が、自分の価値観を大きく揺るがす衝撃の映像(所謂トラッシュ映画の名場面てんこ盛り)で、その中にはフルチの作品やヤコペッティ世界残酷物語シリーズとか、その他よくわからんが首がすっ飛んだり車を走らせながらセックスしたり、変な牛を吊し上げて血を浴びる謎の儀式のような映像(だったと、思う)でとにかくそれはライブそっちのけで映像に釘付けになった。

つまり、それまで自分はそういった類の映画が好きだという自覚が全くなく、20代後半に差し掛かり自分でも自覚するのオセーなと思いつつ、その時の勢いで駆け付けたのが2007年の12月末にバウスシアターに見に行ったタランティーノの「グラインドハウス USAバージョン」でした。

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USAバージョンというのは、「デス・プルーフ」と「プラネット・テラー」がワンセットでおまけにありもしない予告編を数本挟むという(しかもそのうちの1本「マチューテ」は、その後本当に映画を作ってしまったという)とても粋な計らいの上映で、タランティーノってとってもイカしたセンスのあんちゃんなんだなあと感銘を受けたわけです。

自分が知っている限り、その翌年に、ちょうど「爆音映画祭」というイベントがスタートしたと思います。

2008年の第一回で見たのはトクマルシューゴのライブとティム・バートンの「コープスブライト」で、この時もあまりライブと映画のコラボ?みたいなのを体験したことがなかったのでとても面白かった。

その後、自分は縁あって雑誌「TRASH-UP!!」に参加し、色々と遊ばせてもらうようになり、20代後半はまさにTRASH-UPと戯れた数年間でした。(あれ、TRASH-UPの話?)

なので爆音映画祭でもTRASH-UPプレゼンツで「ゴジラ」+井上誠ゴジラ伝説ライブも見に行きましたが、あんな映画を本当に映画館で(しかも爆音で)見れるなんて、贅沢だったなーと。あとは「HOUSE」で大林宣彦先生の君臨した瞬間も立ち会いましたし、やっぱり、バウスはいい思い出ばかりだなー(しみじみ)

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閉館とあわせて発売された、バウスの歴史本「吉祥寺バウスシアター 映画から船出した映画館」。
ここにも大林宣彦君臨の瞬間の写真が載ってます。

バウス支配人のインタビューとかとても読みごたえがあります。こういった本は今ではなく、これから時が経つほどに貴重な資料として残ってくと思います。それは映画と同じような役割であり、このタイミングで制作したboidの樋口さんの嗅覚はさすがだなぁ、とただ関心するばかり。

 

で、これからどうするのか。

 

先ほども言ったとおり、決して「うん十年の付き合い」とか「毎週通ってました!」というわけでもなかったですが、映画ファンやバウスファンの人は誰しもが「とりあえずバウスがあれば安心」という気持ちがあったのではないかと思います。その間にシアターNも消え、渋谷のあちこちでミニシアターが消え、三軒茶屋の薄汚い名画座も消え、おまけに歌舞伎町のミラノ系列も終わるというし、本当についに「映画はシネコンでみる」以外の選択肢がなくなってきたわけです。(あとは、かろうじて新宿武蔵野館か)

映画や音楽の体験は「何を見たか」と当時に「何処で見たか」「誰と見たか」というその時の状況が連結して記憶となるものなので、映画館という空間の存在はとても重要な役割を担ってます。そのうちの「何処で見たか」がシネコンに限定されてしまうわけです。

もしかすると、10代20代からしたら『「何処で見たか」がシネコンに限定されて、何が不足なのか、何が違うのか?』『頭おかしいんじゃない、おっさん(死ね!)』と突っ込みが入るかもしれない。自分が「おっさん」になってしまったことは素直に認めつつも、「何が違うのか」についてはちゃんと説明させてもらいたい!

 

....何が、違うのか...?

 

もうそこは、その場所がイカした空間としか今のところ言えないのが悔しい。
いまさらシネコンに意義を唱える!とかいった白々しいことをするつもりも毛頭ないが、バウスシアターのような空間を失ってしまった事は非常に重大なことだと思います。どうするよ、マジで。

こうして楽しい遊び場は失われ、あとは巨大なシネコンと巨大なショッピングモールだけが日本を埋め尽くしていくのだろうか。

....と、とてもネガティブな話で終わりかけてますが、本当にバウスシアターの方々お疲れ様でした。

そして残りの映画館、頑張ってください。(投げやり)

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とりあえず泣いてみた。